半農半エンジニアが生み出す新たな光

大手自動車メーカーで、ハイブリッドや燃料電池で走るオートバイの研究に携わってきたエンジニアの山中佑允さん。34歳で、埼玉県から故郷鳴門市へUターン移住することを決意し、実家のサツマイモ農家を継ぐことを選択しながら、「ひとりメーカー」として、LEDテーブルランプ「Flumie(フルミエ)」を設計・製造しています。

山中 佑允さん (44)

移住元:埼玉県(Uターン)
職業:さつまいも農家/エンジニア・デザイナー(PilotLAB(パイロット・ラボラトリー)代表)

父の背中を見て育った農業とエンジニアの道

徳島県鳴門市で生産され、さつまいものトップブランドとして長年全国で親しまれる「なると金時」。中でも、旧吉野川の河口付近に位置する里浦町で作られる「里むすめ」は、そのきめ細かく美しい外見と、上質な甘みから、なると金時の最上級ブランドとして知られています。

そんな「里むすめ」を半農半エンジニアとして親子2代でつくり続けているのが山中農園です。 学生時代自作のラジコンモーターボートの大会で西日本チャンピオンになるなど優秀な技術力を持ち、30歳で機械メーカーから転身、実家の農家を継いでからもその技術力を発揮した父。収穫したさつまいもを入れた箱を貯蔵庫内に積み上げる電動リフトや、カートンから出荷用の段ボール箱を作る機械、自走式の乗用芋掘り機を製作するなど、分野横断的な知識で専門メーカーに負けず劣らず、農業の機械化、省力化に取り組んできた半農半エンジニアです。

そんな父の背中を見て育った長男 山中佑允さんもエンジニアの道を選択し、大手自動車メーカーに就職。ハイブリッドや燃料電池で走る、世界一・世界初の未来型電動オートバイの研究に携わる企業エンジニアとして、日々奮闘を続けてきました。 節目を迎えたのは34歳の頃。自分自身の人生のこれからについて、故郷に残した家族のことについて見つめ直す中で、少しづつ「地元に戻りたい。」「家業を継ぎたい。」という思いが溢れてくるようになり、埼玉県から故郷の徳島県鳴門市へUターン移住しました。

両親が与えてくれた半農半Xの道

小さい頃から農作業の手伝いもしていた山中さん。就農について不安はなかったようですが、実際にやってみると、屋内での仕事が主体の研究職であったこともあり、自身の体力のなさ腕力のなさにがくぜんとしたようです。また、家族と一緒に働くことの喜びを感じる一方、畑違いの分野への挑戦、30年以上のキャリアを持つ父ともギャップが。

「農業については、新入社員のようなもの。自分なりに提案をすることもありましたが、ほとんどのアイデアはすでに父が試したことがあるものだったり、なかなか効果的な栽培法を実現することが出来ず、悶々とすることもありました。それでも農業が楽しいと感じるのは、父の農業に向き合う姿勢や考え方を尊敬しているからだと思います。」

山中さんの父は、土壌消毒薬を精密な分量で噴射できるポンプを独自に作り、環境やさつまいもへの負荷を最小限にしたり、芋を植え付ける畝の成形機を独自に製作するなど、エンジニアとしての技術を活かし、さつまいもの栽培を改良しながら、出荷時には1本1本丁寧に見極め、良いものを出荷し続けることで市場の信頼を得てきました。子どもの頃からお客様に安心安全で美味しいものを提供することに、精神誠意向き合う父の姿を見てきた山中さんにとって、一緒に働きだした今、子どもの頃には見えなかった苦労や努力を目の当たりにしたことで、あらためて農業の奥深さと父の仕事への姿勢について考えさせられたと言います。

一方、エンジニア活動のきっかけとなったのが、「手元を照らすLEDの灯りが欲しい。」という母の一言でした。メーカー勤務時には先進的な研究を行う部署に配属されたこともあり、自分の研究したプロダクトが世間の目に触れる機会がほとんど無く、退職時に心残りがあった山中さん。せっかく作るなら世の中に出して恥ずかしくないもの、自分自身の技術と感性で社会に貢献できるような、世界で一つしかないプロダクトを製作して母に贈ろうと奮闘します。

幸いにもエンジニア系半農半Xを実践する山中家。納屋にフライス盤や旋盤、ボール盤、溶接機などの工作機械があるほか、2階にある研究スペースには電子機器用の計測機器や各種工具・様々な電子部品が揃っており、さながら町工場のように設備が整っていました。 試行錯誤を繰り返すこと6ヶ月。こうして生まれたのが、「花を飾るように光を飾る」をコンセプトにフランス語でFluer(花)+lumiere(光)を組み合わせたLEDテーブルランプ「Flumie(フルミエ)」です。ここから山中さんの半農半Xとして新しいキャリアがスタートしました。

Flumie(フルミエ)」が照らす未来

山中さんの母はとても喜んでくれたといいます。これを見て強く興味を持った建築家の叔父にも贈ったところ、建築事務所を訪れる人たちに口コミで評判が伝わり始めます。そしてこれまで全く見たことがないその斬新さに、商品化を求める声が上がります。エンジニアとしてよりよいプロダクトを作りたいという想いがあった山中さん。農作業が忙しくなる時期になると家族を手伝いながら、「Flumie(フルミエ)」の改良を重ねていきます。何度も何度も試行錯誤を繰り返し、気の遠くなるような精密作業を繰り返すうちに、徐々に洗練されていき、先進的なデザインと美しいフォルム、シンプルながら奥深いプロダクトの評判は、東京での照明展示会からさらに広まることに。照明メーカー、バイヤーなどから好評を得て、ついには徳島県とともにドイツで2年に一度開催される世界最大の照明の展示会にも参加したほか、徳島県庁の受付や、県立21世紀館、県内企業の本社ショールーム、欧州本部にも製品を置かれるなど、国内外から高評価を得ることになりました。その後、“ひとりメーカー”としてPilotLAB(パイロット・ラボラトリー)を創業し、Flumieの製造・販売を行いながら、大学の研究などで利用されるLED応用研究開発に使用する専用機材開発事業なども手掛けるようになり、今の半農半Xの形に落ち着いたようです。 「農業を通して、家族とかけがえのない時間が過ごせることに充実感があります。農業とエンジニアだと頭の切り替えが大変な部分はありますが、工業分野でも自然から学ぶことは多いので、農業はクリエイティブな仕事にもいい影響を与えているのではとないかと思います。」

半農半Xの体現者として

今では父が専業、山中さんが半農半Xという形で、2人で農業に携わっています。芋植え・芋掘りなど負担の大きい作業は2人で。畑の維持管理などの比較的軽い作業は分担することで上手くバランスをとっています。無論、半農半Xだからといって農業を妥協することは全くなく、味へのこだわりは相当なもの。事実、山中農園のさつまいもはトースターで焼くだけで、まるでスイートポテトのようにふわっと香る乳製品のような良い匂い、そして上品な甘みと後味が特徴。余分な調理をせずにトースターで焼いたり、蒸したりするだけで十分だと自信を持っています。

「良いモノを作っていることへの自負はあります。ただそれ以上に地域に素晴らしい仕事をされる農家が本当に多く、頭が下がる思いです。この里浦のブランドを守る一翼を担えたらという思いもありますし、何より口にしてくれた人の「美味しい」の声が聴けることが一番だと思いますので、妥協することなく親子でこの味を守りたいなと思います。」 また、エンジニアとしての活動も一つの節目を迎えようとしております。 「生前の母から課題をもらっていました。それはプロトタイプにとどまらないFlumieの量産化です。今考えると、母は私が学んできた技術や考えが形となり、まだ世の役に立っていないことを憂い、Flumieを通じて世に生かされることを望んでいたのだと思います。母のために心を込めて作った形のまま、なるべく多くの皆様にお届けできるようにするにはどうすればいいのか。試行錯誤の毎日です。」

探求を重視する農家の後継ぎとして、お客様のために炎天下で汗をぬぐいながら美味しいさつまいもを作る一方、エンジニアとして世界に類例のない全く新しいLEDテーブルランプFlumieの量産化に日夜取り組む山中さん。休みなく走り続ける日々と積み重ねた苦悩を乗り越えて得た自負の気持ち以上に、周囲への感謝と尊敬の言葉を口にする姿は、調和を大切にする山中さんの人柄と、自然から学び続ける半農半Xというライフスタイルによってつくられたものかもしれません。

半農半Xに挑戦したい人へのメッセージ

私自身、半農半Xというライフスタイルにはとても満足しています。自分の人生を評価する上で、「自分が何を生み出すことができたのか。」ということを大切にされる方には、汗水流しながら愛情を込める農業という仕事は、苦労がある分充実感があってマッチするのではと思います。 それに、自然に触れること、自然から教わることで、自身の考えも自ずと変わってくることもあります。楽な仕事ではありませんが、半農半Xという人生はとても面白い選択肢だと思っています。

山中さんの半農半 X

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